人生の中で、今が一番いい。
でも五年後、十年後にも
今が一番と言える人生になっているか。
そのために僕は、毎日
『楽しさ』と『ときめき』を追求し、
夢を語り続けています。
【北原 照久】
物凄く個人的な事なのですが、私は高校時代よりずっとバイクに乗り続けております。
私がバイクに興味を持ち始めたのは、かなり小さな頃からなのですが、その影響の源泉はやはり父親が乗っていたからだと思います。
バイク黎明期には、アメリカ大陸を駆け抜けるバイクに憧れた日本人も多く、中小規模の会社も数多くバイク製造会社として名を連ねており、今とは違い、相当な数に上ったと聞いております。
アメリカのハーレーやイギリスのトライアンフやドイツのBMWが最高峰のバイクとして君臨し、それらのメーカーに追いつけ追い越せと、メグロや陸王といった伝説的な会社も誕生し、魅力的なコピーバイク(?)を世に送り出していました。
メグロは現在のカワサキと合併し、幾つもの名車を誕生させました。
その一台が、W650というバーチカルツイン(直立並列2気筒)の欧州テイストのバイク。
キャブトンマフラーというコブラのような形状をし、独特の音を発する存在感の大きなバイクでした。
そのバイクを父が暫く乗っていたのです。
今とは違い、ヘルメットの着用の義務もなく、小学校の夏休みに宝塚までW650の後ろに乗せて貰って、短いながらもツーリングに連れて行って貰ったのを、今も鮮明に記憶に残っています。
その後、父は体調を崩し、暫くはバイクから遠ざかっていたのですが、私がバイクに乗るようになってから、逆に刺激を受けたのか、急にBMWのバイクを買うと言い出し、ある日本当に購入して参りました。
父は、内臓の病を罹患していたのですが、懇意にしているバイク屋の方に、父に対して心配だからとバイクから降りるように言わないようにと、釘をさされていました。
バイクに乗るという楽しみを取り上げてはいけない、という理由と、バイクに乗るんだという気持ちを取り上げてはいけない、という理由からです。
身体はどんどん小さくなっていき、大きなバイクに乗るのは余りにも危険に感じるのですが、多分そんな事は乗る方が傍よりも何倍も感じている筈。
他者に怪我でもさせたら…という心配をするのも、他者を使って説得しようとしているだけ。
チョッとした段差にも、バイクを支える事が出来なくなり、日に何度も立ちゴケする自分の姿を見られたくなかったのか、こちらが進言する前に自然にバイクに跨るとは言わなくなりました。
父が亡くなってからも、BMWの設計哲学に惚れて、ずっとBMWを乗り継ぎました。
3気筒、4気筒、2気筒のバイクに乗り継ぎ、4気筒と2気筒のバイクは乗らなくなってもいつか整備して、乗ろうと保管していました。
ところが、最初にBMWが我が家にやって来てから20年経った頃から、その哲学に魅力を感じる事が少なくなり、日本製のバイクに乗りたくなり、スズキのバイクを購入しました。
あくまでも私見ですが、バイクは自動車程には古いバイクも古さを感じないので、長く乗り続ける事が出来るように感じますが、それでも20年の差は驚くべきものでした。
最初は乗り方が分からずに、怖々接したものです。
我ながら情けない状態でした。
20年の間に、走る・曲がる・止まる、のレベルが何倍にも向上していたのです。
これはショックでした。
そしてこの体験が、BMWから気持ちが益々遠ざかって行く事になりました。
そして、二度と整備する事もなく、どんどん朽ちて行きました。
バイクを売るなら…と盛んに宣伝をしている会社が幾つも登場し、売りやすい状況になっているのは分かっていましたし、今まで何度か問い合わせをした事もありました。
しかし、今まで25年(国産を購入して5年経ちますから)の長きに亘り、所有(というには放置し過ぎですが)していたバイクが手元からなくなる事を想像して、結局二の足を踏んでしまう…という事を繰り返していました。
そして、極め付けがスズキのバイクが余りにも高性能過ぎたために、命の危険を感じるようになって、別のバイクを購入してしまった事。
さすがに毎日乗り続けると、鈍って来た反射神経の事は明後日の方向に忘れて、早く走れていた時のイメージだけ甦って来たのです。
ある時、急ブレーキをかける必要に迫られたのですが、バイクは何事もなかったかのように真っ直ぐにスッと停車しました。
余りのストッピングパワーに驚くと同時に、自分の愚かさと加齢の現実を思い知ったのです。
そして、新しく今度はイタリアで製造しているヤマハのバイクを購入しました。
このバイクは、エンジンは古い設計なれど、車体は最新のテクノロジーで製造されています。
これが実に心地よい。
久しぶりに、ピッタリシックリと来るバイクに巡り合え、BMWのバイク2台とスズキのバイク1台と駐車場に4台ものバイクが鎮座する事になりました。
さすがに、これを我慢できるのは2年まで。
今年の年末までには、少なくともBMWの2台は売却しよう。
スズキのバイクも、誰か買ってくれる人がいたら売却しよう。
そう決めて、今月遂に複数のバイク買取会社に一括請求出来るサイトから申し込みました。
日程は、申し込みをした日から最低でも7日以上先に。
出来れば複数の業者に同時に来てもらい、高いほうから買うようにする。
それは、過去に資料請求した際に、やり取りして教えて貰った事です。
そして、6社に請求し、結局4社から返事があり、2社に査定に来て貰えました。
返事がないのは、中堅の買取会社でした。
最大手はさすがにスケールメリットからか、直ぐに連絡があったのみならず、こちらの希望する日程で一発オッケー。
二番手と思しきところは、かなり融通が利かない感じで、日程調整が当日になっても出来ずにお流れ。
そして中堅の会社から、最大手とほぼ同じ対応で、こちらの希望する日程で一発オッケー。
バイクの買取を経験して、値段がこれ程までに変わるのかと驚かされました。
一社のみだと、基本的に査定の基準額程度までしか支払って貰えないのです。
何故なら、オークションでもバイクは購入できるので、その際の基準となる査定額(これは毎月変動しますが、全国統一の価格です)以上出すのであれば、オークションで必要なバイクを必要な時に買えば良いのです。
ところが、複数の入札方式が2社以上の査定だと利用でき、値段がどんどん上がって行く可能性が高いのです。
更に、不動車の場合は、この傾向が殊更強くなるのではないかと想像しました。
私は今回、最終的には3台まとめて査定をお願いする事にしたのですが、想像していた以上の買取金額の提示がありました。
合算でするよりも、1台毎に入札した方が高い値段を提示して貰えます。
不動車であり、且つ5年以上も放置して、錆だらけの不人気車のBMWの直列4気筒のバイクでさえも、それなりの値段が付いた事には、正直驚かされました。
最終的には、キレイに整備され、私が受け取った金額の10倍以上の値段を付けて市場に並ぶのでしょうが、私には整備する事も販売する事も出来ません。
それを考えると、私が受け取った金額は当然納得すべき金額であり、整備し店頭に並んだバイクを誰かに購入して頂けるのであれば、それは大変光栄な事。
私のような年齢の、特にリターンライダーには、最新のバイクよりも20年以上前のバイクの方を好んで頂けるのかもしれない。
一人でもライダーがステキに道路を駆け抜けて下さり、次の世代のライダーが生まれる事を心より待ち望みます。
私は父がライダーだったので、自然にバイクへの興味が生まれましたが、バイクに興味を持つ若者が減っていると聞き、少し悲しい気持ちでおります。
更に備忘のために記載しますが、バイクの状態はかなり詳しく時間をかけて調べられます。
しかし、あくまでも基本となる査定額に基づいて判断されますので、改造していたりリペイントされていない限りは、さほど買い取り価格には反映されないみたいです。
因みに無料の買取額の上限提示額は、見せ掛けの金額なので何の判断材料にもなりません。
最終的にはそれぞれの会社の都合で全てが判断されます。
*買取に出向いたのなら、手ぶらでは帰りたくない。
*入札に負けたくない(負けたら手ぶらで帰らなければならない)。
*バイクの状態をチェックし終えた車体は、仕入れのリスクがオークションより低いため、オークション相場より高い金額でも買う(場合が多い)。
*上限金額の決定者は担当者⇒上司⇒上司と上がって行く。
*その都度、電話で相談し、最後は現場の判断。
*但し、最後は泣きが入ります。
プロと言えど、購買のプロセスではかなり感情の介入する余地が大きいようです。
これは、現場の方からジックリと伺いました。
だって、トータルで3時間以上お話ししながらの取引でしたから。
人間は最後は感情で動くもの。
私も3時間に亘り、ご一緒させて頂き、たくさんのお話しをさせて頂いた方に売却出来た事で、大変満足出来ました。
多分、その方々には二度とお目にかかる事はありませんが、共有した時間と共感した瞬間が人には何よりも大切なのでしょうね。
Emotional Marketingと言えなくもない。
かなり強引な結論でしたけど、やはり感情と時間は人との取引には大切なのだ、と痛感する事が出来ました。
皆様には、今年も大変お世話になり有難うございました。
来年も引き続きご愛顧のほど、宜しくお願い申し上げます。
皆さま、良いお年を!
Marketing Strategy/Emotional Marketing